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再編成される過去と再投影される未来
HUMAN / CODE ENSEMBLE
Re-membering the Past, Re-imagining the Future
デジタルと共鳴する古楽器が質量への憧憬を惹起する
フォルテピアノ奏者の小川加恵に誘われてこのアンサンブルは始まった.小川から伝えられたのは自分のいくつかの平面作品のモチーフだった.以前ライカで行った個展「情念との反芻」の際にオールドレンズで滲むように撮影したいくつかのイメージ.それを自分はデジタル解像度で取りこぼしたものを拾い集める試みと述べたが,デジタルの自然に近づくこの世界にとって人間性の営みとは何かという問いを表現の中に自分は常に込め続けている.
人とコード,計算機と人間のアンサンブル,新しい自然と新しい人の新しいアンサンブルとは何か考え続けている.JCRリックライダーが人間とコンピュータの共生をテーマに論文「Man-Computer Symbiosis」を書いたのは1960年のことだった.その後も人とコンピュータの共生は続き,インターネットの発達以後,コンピュータは人の社会性を維持するための環境要因として現代の人類に必要不可欠なものになっている.計算機は遍在し,同時に人の身体もデジタルに変換され,今この世界に遍在しうる.
遍在する身体性,そして計算機と自然を考えているうちにパフォーマンスそれ自体に興味を持った.自分は自分の身体的運動にあまり自信を見出せない.幼少の頃から繰り返しのリズム反復が苦手でその上,音階を当てたりするソルフェージュが苦手なことを自覚している.しかしながら,近年の計算機技術の発展はそれの欠点を補う程度に技術的発展を遂げている.高速フーリエ変換のビジュアライザーはリアルタイムに波形を染め上げて楽曲のリアルタイム変化を教えてくれるし,楽曲のキーを当てたりビートやテンポと同期させることは計算機技術の最も得意とするところかもしれない.
デジタルデータに変換し得ないものはないのかもしれない.より物質的な感覚,例えば触覚とか味覚とか嗅覚にしても時間の洗礼を受ければ,やがては変換されていくのだろう.聴覚や視覚は言わずもがな,デジタル技術の恩恵を受けて,その解像度やダイナミックレンジ,表現力は日進月歩の進歩を遂げている.その時代において,解像度が取りこぼしたものやダイナミックレンジから逸脱したものとはなんだろうか.自分はそれを物質・質量同士のインタラクションになぞらえて「質量への憧憬」と呼んでいる.もともと光線空間における材質表現の研究をしていたからか,物質それ自体の入出力に関する表現について興味があり,光の反射にも音の反響にも物質特有の変換器が存在するような感覚でこの世界を眺めている.物質と物質の出会いは複雑で,近似計算の域を出ることは難しい.ナムジュンパイクのようにバイオリンを叩き割る芸術家もいれば,ジミ・ヘンドリックスのようにエレキギターに火をつける芸術家もいるのである.シミュレーションを使い分けるのは難しいし,アーティストの行動は解像度やダイナミックレンジの枠を飛び越えて多彩な表現をなしえる.そんな質量への憧憬をもたらす何かが音楽家の周囲には常に気配・可能性として漂っている.
小川・ステラーク・藤倉(それぞれ敬称略)とのコラボレーションはメディア芸術家で計算機科学者の自分に常に新しい視座を自分に与えてくれる.小川は古典楽器のインターフェースとしての多様さや音響装置としての味わい深さ,まさに質量の憧憬の権化たるフォルテピアノの構造や息吹を感じさせる演奏で空間に異彩の存在感を示す.ステラークはその身体性を通じて時間と空間を調和させ,人間の造られた人間観を打ち崩しながら,我々の社会性に常に新しい直達を与えてくれる.藤倉は古楽器に新しいインスピレーションを与えるようなスコアを書き上げ,そのイマジネーションを小川の身体を通じて発揮している.素晴らしい三方の才能とそれを実現するスタッフに囲まれ,自分のなせることとは何かと考え続けている.自分はその中でより音楽的な映像や映像的な音楽,身体的な空間を接合し止揚し取りまとめるのが役割なのだろうと考えている.自分はノミと金槌の代わりにフラッシュとカメラを用いて光を彫刻し,音の代わりに光が出る楽器を用いて,彫刻的身体性を操作しているのだと考えるとアンサンブル楽器の一つを担当しているとも考えることができるかもしれない.その点で四人で生み出すカルテットは,−−いやステージの上ではそれよりも少人数もしくは一人である−−だからこそ没入や豊かな共感覚を惹起するものになるのではないかと思う.
古楽器と身体とメディアアート,デジタルの解像度やダイナミックレンジからこぼれ落ちたものとは何かを探り続ける試みは,コンピュータサイエンスのバックグラウンドを持つ自分にとってある種のダダイズムとニヒリズムに近いものがある.それでも自分はオールドレンズで写真や映像を撮り続けるし,質量性のある作品を産み続けると思う.表現のどの断片を見ても質量性や身体性を惹起するような,そんな曼荼羅のような表現に帰結することができたならそれは僥倖だ.そんなアンサンブルを目指したい.
Human / Code Ensemble ヒューマン・コード・アンサンブル
Re-membering the Past, Re-imagining the Future
~再編成される過去と再投影される未来~
落合陽一(メディアアーティスト)
小川加恵(チェンバロ/フォルテピアノ)
ステラーク(パフォーマンスアーティスト)
ロワイエ めまい, スキタイ人の行進
モーツァルト 幻想曲 ニ短調 K397
ベートーヴェン 悲愴、月光 より
ショパン ノクターン嬰ハ短調(遺作)
藤倉大 委嘱作品 (世界初演) 他